ライム・ライト

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「なぜ死に急ぐ?」
「苦しいのか?」
「苦しみが重要だ、あとは幻想だ」
「意識は何十億年もかかって進化した、君はその奇跡を消そうとする、宇宙全体よりも大切なものを」
「星にも太陽にも意識などない、でも君にはあるんだ」
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こうやってこの物語は始まっていく
そう、今ここに私が居ることもすでに奇跡なのだ
遥か昔に何か少しでもボタンのかけ違いがあったなら『今』は存在しないだろう
自ら死を選ぶことも計算済みなのかもしれないが
生きることは何事にも変え難く厳しく辛く美しく尊いものなのだ
「あ〜生きててよかったな〜」と一瞬でも思ったらそれを大切にして大いに喜び満面の笑みをたたえよう

誰かのためでもいい、自分のためでもいい
どうせ必ず死ぬのだから急ぐことはない
我慢し難い苦しみならば逃げ出したってかまわない
逃げることも方法の一つなのだから間違えじゃない
強い人ばかりじゃないのだからかまわない
世間などどうだっていい、今生きていることが素晴らしいのだから
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There’s greatness in everyone. But as a crowd, they’re like|a monster without a head that never knows which way|it’s going to turn. It can be prodded in any direction.
「誰にもいいところがある。
ところが、群衆になると、彼らは頭のないモンスターのようにどこへ向かおうしているのかわからなくなる。どっちの方向へも突き動かされる」

勇気と想像力が乏しいと人は群れたがりいとも簡単に個人の意識とは違った方向へ行ってしまう
自分で選んだ方向だと思い込み皆んなが言っているから私も正義なのだと思い込んで何も疑わず異なる意識の者を非難する、泣こうが叫ぼうが非難の手は緩まない
たぶんそれが生きていく術になっているのだろう、群衆の意識を変えることはより大きな群衆が居ればたやすく寝返るのだからほとんど意味がないのだ

All it needs is courage, imagination and a little dough.
「必要なのは、勇気と、想像力と、そして、少しのお金だけさ」
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きっとこの台詞が1番有名ではないでしょうか
少しのお金だけ とは 逆に言えば大きな勇気と多くの想像力と言っているのだと思います
私も自分の意識を強く持ち流されずに少しばかりお金を稼いでいこうと思うばかりです。

岐阜「日龍峯寺」から「平成」道の駅 そして下呂温泉まで

日曜日にテレビを見ていたら
NHK「ゆく年くる年」に出たというお寺を紹介していました。

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名は「日龍峯寺」(にちりゅうぶじ)
https://www.takasawakannon.com

岐阜で一番古いお寺だとかで確かに歴史を感じます
京都のあの寺に似ており「ゆく年くる年」放送後には
昨年参拝者が三倍にも膨れ上がったそうです
その流行りに乗って私もやって来たというわけですけどね

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しかしこの日は山間にあるこの寺はあいにくの雨で参拝者もおらず
雨に煙る山々の幻想的な姿は独り占めとなりました
有り難い

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このお寺の鐘もついていいので
嬉しくなって三度はついてしまおうかと鐘楼に登りましたが
恐れ多くて一度だけつかせて頂き心から有り難いと思います

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御朱印も三種類あり他は一種類なのにここは三体も
多少の出費は致し方ない
有り難や有り難やと九百円也

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映画『空海』を観たばかりなので弘法大師の御朱印は特に有り難い

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山を後にして次なる地は道の駅「平成」
完全に自分のミーハーぶりににやけつつもこれはこれでいいのだ!
と自分に言い聞かせさらに下呂温泉まで爆進して行くのであります。

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泊まりは高すぎて手が出ないのでせめてお風呂だけでもと
日帰り入浴を
温泉手形なるものを入手し外国の観光客に紛れて

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老舗の「湯乃島館」へ
http://www.yunoshimakan.co.jp

ここには昭和天皇までもが宿泊されていたと言う誠にもって
由緒ある素晴らしい宿なのだった
山の斜面にあるこの宿の露天風呂からの景色も有り難や~~

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二十歳はどの二人連れの客は1人はふつうに入っているのだが
もう1人はシャワーキャップをかぶっている
何やらペラペラとしゃべっている言葉が中国語かと思ったら
関西の言葉だった
「このキャップかっこいいやろ~~、ええ土産が出来たで」
とおっさんのような事を言って喜んでいた
ちなみに私は櫛を頂きました。

帰りに旅館を探検したら迷子になった
斜面に作られたこの宿は迷路のように入り組んでいてほんの
少しの時間では攻略できそうにないのであった

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今回の旅は流行りに乗ってそれでいて有り難く、温泉手形でリベンジ付き
の良い旅になったのであります。

とにかく笑えれば

頭に薄い靄がかかるような

膝から崩れ落ちそんな

気がつくとため息をついている

気がつくと思い出している


昨日も明日も知りはりない

今は今があるだけ

わざと笑ってみせる

わざと思い悩んだ顔をする

足元を見つめてたはずなのに

どこか遠くを見ていたり

寝ていたはずなのに天井を睨んでる


頭の靄は少し濃くなった

きっと心が遠出しているのだろう

無理に呼び戻すこともせず

好きにさせておこう


また笑う もっと笑う 無理矢理でも笑う

そしたら少しは泣けるだろう


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ミッドナイト バス

一月の終わりに79歳の誕生日を迎えた母からこんなメールが来た

「新潟で撮影をした映画が見たい
 20日公開だけどもし名古屋でも見る事出来る 私見てないけど
 懐かしいかもよ ご案内まで
             ではでは」

さっそく一日 『映画の日』 に観てきましたよ


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人は結婚すると新しい家族ができる
と同時に家族が増えもする

旦那の家族 妻の家族 そして新しい家族

今更ですが私が結婚した時は新しい家族の事ばかり考えていて
自分が子供である家族のことをすっかり忘れていました

私は旦那であり親であり子供なのだ
何年何十年経っても変わらないもの
ゆいつ変わる可能性があるのは旦那

この映画はそんな話でもある

義父のセリフにこんなのがあった
「男親は扇の要だ、バラバラにならないようにどっしりとそこに居ればいい」
なるほど
あまり真剣に考えたことがなかった私にはたいへんいい刺激になりました
そして少し怖くなったりもしています

主人公は東京⇔新潟間の深夜バスの運転手、自宅は新潟 私の故郷と一緒だ
自宅へ帰れば成人している子供が二人いる
母親は八年前に離婚
姑との折り合いが悪く家を出たのだ

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度々出てくる故郷の風景が懐かしく胸が熱くなる

別れた奥さんとの会話にこんなものがあった
「なぜ、再婚したんだい?」
    「寂しかったからよ」
    「あなたはなぜ再婚しなかったの?」
「寂しくなかったからだよ」
子供が居なければどれだけでも時間を自由に使えるけど
一人じゃ、以前あった『家族』の穴は埋まらないのでしょうね

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手話で家族を表すのは、右手は親指と小指を立てて上を向け手を回
左手は右手の上に屋根のように手のひらを広げます
家の中に親と子供がいる それが家族なのですね

「新潟には何もないと思ってた、でもちゃんと家族があったんだね」

私も甘いようですが田舎の親のぬくもりが恋しくなってきたみたいです
か~ちゃ~ん あいて~よ~

でわでわ






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『人生フルーツ』をみる

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この映画をご存知でしょうか

風と、雑木林と、建築家夫婦のお話です。


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樹木希林さんのナレーションでゆっくりと映画は進みま


ゆっくりゆっくり 少しずつ少しずつ 田畑を耕し果物を作るように

観ている私も映画の中に入り込み

土を感じ 風を感じ 英子さんの御飯やお菓子に舌鼓をうち

笑い 泣き 優しさをもらう


映画から受けた感動はたくさんあったのにどうしても言葉にできないこともあるのですね

もしも誰かがこのブログを見てくれるのならこの映画はレンタルでもいいので観てほしいです

人が生きる上で必要なものはそんなにはいらない、少しの畑と少しのお金があれば

人生はとても豊かになるのだと思います。







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2017 アカデミー賞 追悼

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毎年アカデミー賞授賞式を見るたびに思うのは

その年に亡くなられた映画人を追悼する場面に心を痛めること

今回はキャリー・フィッシャーは勿論のこと私を驚かせたのは

ジーン・ワイルダーその人です

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彼にはことのほか思い入れがあり物心ついた時にはすでにいくつかの彼の作品を観ていました

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広川太一郎さんの軽やかな吹き替えの声が今も耳に残っています

今はなかなかここら辺のものはレンタル屋さんに行っても見つからずいつかは観たいと思っているのですが

需要がないためかいつも肩を落としています。

先日テレビで「時をためる」という言葉を耳にしてから

「あ~俺は時をためることを楽しんでいるんだな」などと思い始めました

探し物、欲しい物ややりたいことやみたいもの  急がず慌てず時をためて出会いを待つ

叶わないときはそれまでのことと受け入れていきたいものです





でも、やっぱり観たいな~~

訃報の先に

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先日ジョージ・マイケルさんが亡くなられたという記事を読み


仕事が終わり今朝の4時に帰るとスマホのニュースで彼女が死んだと言っていた

あのキャリー・フィッシャーさんが逝かれたと

伝説の映画を支えるヒロイン、永遠のプリンセスが

今は言葉も出ない、笑顔の彼女を見ていたい

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人はあまりにも売れすぎてしまうと自分自身を失ってしまうのだろうか?

生きることに精一杯じゃ寂しすぎるけど富が有り余ってしまうような生活は代々そのような家系でないと

なかなか慣れないものなのかも知れない、そんな気がしてなりません

ただただ安らかな眠りについてほしいです

レイアから貰った恩恵と、レイアからのプレッシャー

どちらも大き過ぎたのかもしれませんね。

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七人の侍

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「午前十時の映画祭」を知っていますか?

名作映画を映画館でリバイバル上映する企画です。

先日の上映は「七人の侍」 何度観てもまた観たくなる
映画館から出たばかりでもすぐに引き返してしまいたくなる、そんな映画です。

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いろいろと話したいことは沢山あるのですが今回は観た中で一番の感動はこのシーン
菊千代が侍達に向かって百姓の気持ちの中をありったけの力でぶちまける
目を見てもらうと分かると思うのですが、菊千代(三船敏郎)が涙ぐみながらの演技!


侍達には侍にしか分からない辛く苦しい思いが
敵に追われ命からがらで逃げ延びたと思ったら今度は落ち武者狩りにあった者ならその辛さ口惜しさ
は計り知れないだろう。
そんな侍たちに菊千代はこう言うのだ

「よく聞きな!  百姓ってのはな
 けちんぼで ずるくて 泣き虫で 意地悪で間抜けで 人殺しだ!」

そう、弱いが故の必死で生きるための術なんだろう
そして菊千代はこう続ける

「こんなケダモノ作りやがったのは一体 誰だ?
  おめえ達だよ 侍だってんだよ」
「戦のためのは村あ焼く 田畑踏ん潰す 食い物は取り上げる
 人夫にはこき使う 女あさる 手向や殺す」
「一体 百姓はどうすりゃいいんだ 百姓はどうすりゃいいんだよ くそー
  ちきしょう ちきしょ~~~う」

そう言いながら菊千代は地べたに座り込み泣くんだ
あれだけ明るかったあの菊千代が涙をぽろぽろ流して

侍達は自分たちだけが辛く苦しい思いをしてきたのではないことを深く知り
菊千代の気持ちがより一層分かるとてもいい場面

映画館でこのシーン観てたらいつのまにか菊千代と一緒に泣いてました
今観ても少しも古さや時代を感じない緻密な素晴らしい作品です。


さてリメイクの「荒野の七人」のそんなシーンはあったかな~などと思い
レンタルでもしようかと思っていたら程よくBSで放送、ラッキー
確かに「荒野の七人」では7人の最年少のチコが百姓との橋渡しの役はするが
さすがわエンターテインメントもっと派手にぶちかましてました。

「七人の侍」のあの山から見下ろした村の場所がネットをちょこちょこ見ていたら
出てきました


ぜひ今度訪れてみたい。

映画『エベレスト』

この映画は実話である
何も知らずに借りてきて観始めたら食い入るように最後まで一気に観てしまいました
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こんな台詞がある
「サウス・コル到達地点から、“肉体は死にはじめる、ホントに死にはじめる”
文字通り“デス・ゾーン”だ」

サウス・コルとはsouth-col 山頂の南側の鞍部(馬の鞍を載せる部分に見た目ば似ている)
                 のことです

エベレストのサウス・コルは標高7,900mにありそこから上は“デス・ゾーン”と言われるのだそうです。


「人はなぜ頂を目指すのか」 永遠の謎のようにも思えるが答えは単純なのかも
「人はなぜ“なぜ?”と思うのか」 に似ているような気がする
きっとこの答えに明快に答えられたら山の答えも出るのだろう

私もたまに丘のような山に行くが1000mほどでも体はかなりきつい、そしてやっとの思いで頂上に着き
登りにかけた時間にくらべたらほんのわずかな時間だけ滞在しその山を下り始める
彼だけ聞けばそんなとこに“なぜ?”行くのだろうと思うでしょうね

行った者だけが経験できる 景色、空気、辛さ、苦しさ、開放感、清涼感、素晴しさ
上に行く理由のほうがはるかに上回ることになってしまう
私のボキャブラリーではこれが精一杯。

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もうひとつこの映画で思い出してしまうのは日本の漫画 映画にもなった『岳~みんなの山~』
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この漫画の最後の最終話がこの話にそっているのだと気づきました


なんだか雪山にも興味がわいてきました


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『はじまりのうた』 BEGIN AGAIN



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とても素直な気持ちになれる

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彼女はちょっぴり変わってるけど自分の心に真っすぐ
人にも自分にも嘘をつかない

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「音楽は魔法」
そう、確かにそう思う 誰にでも一つや二つは心に響く音楽を持っているはず
好きとか嫌いじゃなくてね
ある時は勇気をもらいある時は悲しみに深く沈む
激怒したり恥ずかしくなったり眠くなったり疲れたり
そして愛する者を想ったりね

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平凡な風景が意味のあるものに変わる
光り輝く真珠になる
今この瞬間は真珠だ 光り輝いてる!

音楽はきっときっかけに過ぎないのだと思う、それ自体が力を持っているんじゃなくて人の本質へ繋ぐ糸のようなものなのかも
ありとあらゆるものへ繋がるもの
国境も人種も言語も飛び越える不思議な不思議なもの
でもとても簡単で小さい、だから誰でも自由に口ずさみ手をたたき歌えるのかな

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大きくも小さくも
良くも悪くも変わる
自分の気持ちの在り方でどうにでもなる
大事に大切に。

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『俳優 亀岡拓次』

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私が愛してやまない役者さんにやすけんこと安田顕さんがいる 彼からの醸し出される空気が私を包む 彼を知ったのは深夜のテレビ番組で当時は彼が何者なのかとんと見当がつかなかった しかしその頃から今に至るまで彼から流れてくる空気はなんら変わらない 彼を取り巻く彼らの存在も見ていて気持ちがいいのだ 亀岡拓次もそんな彼の存在、空気、もしくはオーラ?のようなものがある この映画は彼のために書かれたのでは…

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今の時代には珍しくとてもシュールな作りの作品は懐かしくもあり新鮮でもある 演ずるというのはどういうことなんだろう 誰しもが自分の本音だけで生きているわけは無い、むしろ演じているときのほうが多い気もするがそれがなかなか上手くいかないんだよね~ 伝えたい気持ちとその方法は必ずしも正解じゃないしややもすると正反対の行動をとってしまうしでなかなか素直な真っ直ぐには伝わらないことだらけだな 彼のように 軽くて低くてそれでいて深ーくなりたいものです やすけんさんありがとう

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ミセスダウト

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「かわいいケイティ
 パパとママが別々に暮らしていたほうごいいこともあるの
 喧嘩しているときより、よい人間でよいパパとママになれるの
 そして仲直りするときもあるし、しない事もある
 決してあなたのせいではないの
 あなた達への愛がなくなったわけではないのよ
 ファミリーには色々あるの
 ママしかいない家
 パパしかいない家
 親の違う兄弟
 おじいさんやおばあさんと暮らしている子供
 よその家庭にもらわれる子
 兄弟が別々の家、別々の町に住む事もある
 めったに会えなくて、時には何年も会えない事もある
 でも愛があれば、皆、結ばれているの
 心の中では、ファミリーが生きている
 私の愛をあなたに
 しっかり生きてね
 バイバイ」

これは映画の最後、ロビン・ウィリアムズふんするダウト夫人のセリフです
「決してあなたのせいではない」
そう、あなたのせいじゃないのだ もしも親が別れてしまっても子供せいにしてしまってはいけない
それがどれだけその子の人生の重荷になる事かを想像すればわかるだろう
幸いにして私の両親も私も今のところそのような事はないがまだ先の人生何があるかは分からないけどね

久しぶりにこの作品を見て不覚にも涙がきらり
どんなに好きあって一緒になってもいつの間にか夫婦とはずれたり反発したり別の方向を見るようになったりすることがある
無理をしていると溝が開きすぎてしまうこともあるだろう
そんな時は無理しすぎずに時間をおけたらどんなにかいいのだろうかと思うこともあります
日本人はなかなかそれが難しいのかも

どうにも思いを上手く伝えられずすいませんでした。

『シークレット・ロード』 ロビン・ウィリアムズ

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ロビン・ウィリアムズさんの4つの遺作の1つ
『シークレット・ロード』です


自分を偽り現実逃避し続けたのだろうか
友も社会も当然妻も理解するには受け入れ難くやすやすとはいかないだろうな

もしも私が…
もしも私がそうならば、今を捨てて自分の本質と向かい合えるだろうか?
答えはきっと「Yes」
長い間の苦悩と押し込まれた感情とが解放されるならば「今」の方がカゲロウのごとく弱くすぐにも崩れ去るだろう

幸せと安定は全くの別物だと私は思う、幸せの形は人それぞれだし時によっても変わるだろう
空腹である時、寂しい時、たまらなく歯が痛い時とかね~

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至福の時 きっとこんな顔になるのでしょうね

男の子は本物を好むものなのでしょうね
偽りの人生だということに気が付いてしまったらもう後には引けなくなる
映画の中だけのことではないように思えてなりません
誰もの人生にあり得ること
しかし誰もが真実から目を背け現実の当たり前と言う枠の中だけでもがき苦しみあきらめて生きています
夢を追い続けその枠を飛び越えたなら真実は素晴らしい体験を与えてくれるはず
脇道の人生ではない人生の大通り(Boulevard)を歩けたならばきっと

後 2作品、急がずに時を待ちその時が来たらまた彼に会いに行きます
また1つあなたにありがとう。

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2015最初の山行き 「御池岳、鈴北岳」



御池岳
標高 1247m
滋賀県東近江市

鈴北岳
標高 1130m

ここ数年登り続けている鈴鹿山脈の最高峰の「御池岳」にトライ
トライと言っても優しい山なので沢山の人に来て頂きたい

朝4時30分起床、すでに空は明るく山までの1時間以上の道のりなので悔む
もっと早く起きるか夜のうちに登山口まで来ていればよかったな~
鞍掛峠からは九十九折の道をぐいぐいと登り高度がぐんぐん上がるのと同時に
体温も上昇するが足は止めず速度で調節、息が整えばまた速度を戻しての繰り返し
もう日は高いが空気は涼しく気持ちがいい
鞍掛峠の分岐には小さな祠がありお地蔵様がほほえむ、十円玉をひとつ失敬…
いやいや置いてきました

ども山でもそうなのだが何故かアブのような虫が目の前をチラチラと飛び回る、最近
知ったのがこの虫たちはみずみずしさを求めて目の前を飛ぶのだと
生きる為に飛ぶのであって嫌がらせじゃなかったのだ(当たり前でしょ)
30分ほどで見晴らしの良い場所に出た
送電線の鉄塔の股の間なのだ、電気め
ライフラインの中で一番腑に落ち無いのが電気なんですよ、近頃は電気電気と巷じゃ
いっとりますが使う前にもっと節約しなさいな、世界中からエアコンが無くなったら
気温は何度下がるのだろうか、インドの気温は殺人的な数字を叩き出している
山の話でした

鉄塔からは多少緩やかになり程なく鈴北岳が姿を現わす(写真無し)
有りました
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見えてもなかなか着かないのが山なのですが直ぐに着くのだった
鈴北岳 山頂は東からの風が強く汗ばんだ体には最高の贅沢な涼なのだ~
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鈴北岳で涼を楽しんだら鈴鹿山脈の最高峰『御池岳』へクライムオーン
鈴北岳から御池岳までは『日本庭園』と名の付いた場所があり登山計画をしている時から軽~く楽しみにしてていましたが内心は「大げさな名前だな~、どうせしょぼい岩かなんかだろうな」などと侮っとりました
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どうよどうよ、なかなかでしょ
山は当然 自然の芝があり可愛い娘さんでわなく可愛い池があり随所にいい感じで石灰岩がはいちされその白さが人口の庭園さながら、安易にこの地に来れるようになったらさぞや人々がこぞって来るのではなかろうか
がしかし自然を残すのならばこのままそっとしていてほしい

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なだらかで広大な日本庭園を30分ほど歩き再び九十九折の登りをほんの少し
「もー着くかな」と最初に思った時に突然木々の中に頂上が現れたのだった

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御池岳は展望が望めず鈴鹿山脈最高峰がざんねですが少し南へ行くと天狗の鼻やボタンフチなどと言う絶景ポイントがわんさかと、御池岳周辺が庭園と呼ばれる意味が誠にもって良くわかる
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ボタンブチの表示の向こうのケルンの先は5.60mの断崖絶壁、この山でなら2時間ドラマのロケ地に打ってつけになること間違いなし!
どうかドラマ関係者の皆様がこのブログを読まないことを希望します

この山行きの中で鉄塔からは先はキツくなく荒んだ心を洗い流すかのような優しさが有りあまりリトル上高地の気分でした、まだまだ人に知られていない日本の自然があるのだな
そんな気分の山行きで2015年の登山がスタート出来たことに感謝しつつ明日からも頑張ろう!




ボタンブチと奥の平にて

答えなくていい問い

どうしてる
何を思う
悩みは
幸せは
どこにいる
進んでる
止まるなよ
時には休めよ

食べてる
動いてる
悩んでる
焦ってる
躓いてる
幸せ感じてる
止まるなよ
時には休めよ

腹減ってる
バカみたいに笑ってる
愚痴ってる
ニヤついてる
強がってる
口癖まだ言ってる
進めよ
ゆっくりと

いつだって
どこにいたって
どんな時だって
見つけれる
手を握れる
抱きしめられる

その時には
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幸せな朝の目覚め

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夢を見たんだ
とても穏やかで暖かい気持ち
心の底から幸せが湧き上がってきたよ
今一番僕が望む形がそこにあったんだ

夢のような夢
夢にまで見た夢


また君に逢えたね


さすらい 股旅

「さすらい」を聴きたくなる時があるんですよ
何年かに一度無性にね
最初に聴いたのはいつだったか覚えてませんがその時の気持ちはいまでもありありと思い出します
俺は何をやっているんだ!
もっと頑張らなきゃダメだろう!
すべてにたいして…
不意に飛び蹴りを食らったような衝撃を味わった気がするな
たしかに人生を「旅」に例えるならさすらわなきゃいけないとまで思ったもん
そして今もそう信じてる
常に今が今じゃなく明日への足掛かり

欲とか満足ではなく今がたどってきた道の一つ
何を目指しているわけじゃなし
どこへ行きたいわけじゃない
でもね、その足掛かりの中になにか大切なものがちょいちょあるんだよね
それが楽しくてそれが嬉しくてたまらないんだよ
いずれ死ぬ時が誰にでも来るでしょ
最後までさすらっていたいなー
母親の腹の中には戻れないもんね(笑)

ロビン・ウィリアムズ作品を追う旅 つづき

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 何かを得れば 何かを失う

君は寂しそうにそう言ったね
失うことは不可能なんだ
だって君と僕は一つなのだから
幾度でも生まれ変わり 幾度でも回り逢う
どんなに遠くても どんなに時が経っても必ずね

ここじゃないどこか 今じゃないいつか

君は力いっぱいそう言ったね
ここではダメだったけど 今じゃなかったけど
必ず見つけるよ
君の信号はキャッチしやすいからね
きっとさ 僕の魂の友(ソウルフレンド)

 
ロビンさん
 やっとこの映画を観れましたよ
あなたの映画をひとつひとつ大切に観ていきます
この作品はちょいと辛いです
それでも観続けていきます
これからもよろしくお願いしますよ

 何かを失えば 何かを得ることができるのだから

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二等分

あいつの母が亡くなったって
一昨日知ったけど
今夜お通夜だって言ってたけど
この頃なんだか気持ちが落ちててどうにも足がそちらに向きそうもないや
田舎の両親元気なんだろか
「オレオレ」って電話してみようかな
笑ってくれるかな
いいこと半分
悪いこと半分

その娘が彼と別れたとかって
一昨日知ったけど
「いろいろあって」と言ってたけど
なにやら毎晩遅くまで長電話しているその娘には
もう新しい彼がいるってさ
いいこと半分
悪いこと半分

どこかで誰かが泣いているってニュースは言ってる
毎日ニュースは叫んでる
どこかで誰かが微笑んでるとニュースはたまに教えてくれる
スイッチを切ろうかかな
泣き、笑いがシッカリ出来るように
いいこと半分
悪いこと半分

死んで別れてすっ転ぶ
悪いことばかりじゃ底がない
産まれて出逢って立ち上がり
いいことばかりじゃ気付かない
笑顔半分
泣き顔半分
いいこと半分
悪いこと半分
今はどっちだ…
二等分

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